LOGINその後俺たちは身支度をした。食料や医薬品、さらにはテントなども用意して。
登山家のようないでたちになる一同。少々オーバーな気もしたが、全員がそうするべきだと答えたので、素直に従った。 確かにこの世界は大荒れだ。用心に越したことはない。 箱船。一ヶ月くらいここで生活しただろうか。今思うとなんだかんだよかったのかもしれないな、あの生活も。 不思議なことに、懐かしささえこみ上げてくる。まるで中学の卒業式みたいだ。 いや、そんなことを考えても仕方ない。俺はゆっくりと首を振る。 さあ、出発だ―― ぐらり。 「ん、な、なんだ!?」面木が、 「天変地異!?」俺が、 「え? え?」いずみが、 「これは一体……」墓川が、 「きゃあ!」花香が、 「ん」由那が、 それぞれ声を漏らした。 それは、地震、だったと思う。 思うと答えたのは、揺れ方が普通の地震とは違ったからだ。愛する人がいなくなった時の心の痛みは、どう形容しようとも他者には理解されない。 「うう……どうして、どうして私より先に死んじゃったの」 私はがらんとした部屋の中で一人、うずくまって嗚咽を漏らすことしか出来ない。 かつては二人で過ごしていた部屋。今時和風で八畳で、何とも古臭くてカビの生えたようなわびしいところだったのに、二人で過ごしているだけで、毎日が楽しかった。 彼は体が弱かったけど、布団に篭もって咳をする姿に悲しさと同時に嬉しさもあった。一緒にいられるという嬉しさ。看病出来るという嬉しさ。側にいられるという嬉しさ。 勿論一度だってそんなことは口に出さなかった。 私は輝くようなトロフィーを掲げ、自分の活躍する姿を彼に見せ、勇気を与えることしか出来なかった。 でも、そんなのは気休めにもならない。 「私、何か悪いこと、した?」 私がどれだけ活躍しようが、どれだけ勝ち進もうが、そんなのは彼には何の関係もなかった。 無限に蝕む病魔が着実に、ゆっくりと、その体を汚染していき、最後に命の灯火を消し去って締まった。 この古ぼけた和室に残るのは、彼の遺影と遺品のみ。 まるでこれから学校にでも通うような、あるいは一緒に遊ぶような、そんな時の止まった空間の中で、私は一人泣きじゃくる。 「ああ、もう生きていてもしょうがないよ……。もう、頑張れないよ」 涙は涸れ果てているだろうに、喉も枯れているだろうに、それでも泣かずにはいられなかった。 心にぽっかりと穴が空く。そしてその中に入ってくるのは、容赦の無い北風なのだ。 「いや、でも……」 諦められない。認められない。 自分の愛する人が、孤独が、空虚な未来が、何もかもが納得出来ない。 「どこかに、どこなにいないのかな……どこかに」 私は顔を上げる。壁しかない。クリーム色に変色した、ざらついた壁。 掃除はきちんとしていた。衛生的だった。だから汚くはない。シミもない。 でも――古臭い。 この古臭さが、時代から取り残されているかのようで、なんだか
箱船は本当に小さいシェルターで、すし詰めになっても五人が限度といったところだった。地中深くに埋められた鉄のカプセルは一体いつ、どうやって設置したのかわからない。 しかしこの中に隠れて来たるべき彗星衝突に備えなければならないのだ。 だが、衝突後は? 喫緊の課題である。 「そうだ。保存食の用意をしないと。確か中世の航海士たちは塩漬け肉を食べていたという。スーパーでありったけの塩と肉を買っておくか」 大学進学のために貯めて置いた金と、父さんの遺産。これらを全て食料に全振り――いや、衣食住の拡充も必要だろう。 とにかく、もう進学とかは気にする段階ではない。必要なのは命を繋ぎ止めるあらゆる設備。 それを彗星衝突前に仕上げないといけないのだ。 「他にも干し肉も作っておかなくては。気休めにしかなるまいが、数年単位で食料を保存しておき、その間に自給自足の体制を整えておく」 それにしても思うことは、この体育倉庫、よく見ると非常に頑丈に作られていた。 屋根には鉛板がぴっちりと張られ、鉄筋も見たことが亡いほど太く、分厚く、数が多い。 ジャーナリストだった父さんにこんなものを作る余裕があるとは思えないが。 いや、あるいはこれは、父さんの訴えに賛同した人たちが共同で作ってくれたのかもしれない。だとしたら他にもあちこちにシェルターがあるはず。 つまり、仮に彗星が衝突しようとも、そう悲観することもないのかもしれない。 「魚の干物も買い占める必要があるな。スルメイカや昆布、鰹節も年単位で持つ。貯金を下ろして買いあさろう」 僕はそうこぼすとスーパーへ向かう。取り敢えず財布に五万円、これ全部で保存食を購入しておく。 どうせ人類は滅亡するのに金を払うなんて、僕も律儀なものだな。 社会というのはどこまでも有機的に連結されていて、それは思想の奥にまで眠っているのだなと、納得せざるを得なかった。 ふと、僕の足が止まる。 「ただ……もしシェルターに数人が非難した場合、食料の取り合いになるのでは?」 あのシェルターは五人は入れた。だが、一度入って終わり、ではないのだ。
「なるほど、ここがシェルターか。これは確かにわかりにくい。というより言われないとわからないな。流石は父さんだ」 シェルターは僕の通っている宮一高校の体育倉庫に密かに作られていた。 いや、この体育倉庫自体異様に頑丈な作りになっていて、しかも補修までされている。まるでこの倉庫それ自体が巨大な要塞のよう。一見するとただの鉄骨剥き出しのプレハブにしか見えないが、さにあらず。 たかが倉庫にこれほどの鉄骨は張り巡らさない。 そして肝心のシェルターはなんと地面の下にあった。跳び箱と体育マットで巧妙にカモフラージュされていたが、マットの下には地下に続くはしごがあって、そこを降りると人間が五人くらいならギリギリ詰め込める小さな空洞が存在していた。 その頑丈なこと。壁が分厚すぎて音が一切反響しない。コンクリートじゃない。一体なんだろうかこの壁は。何層もの鉄で出来ている。 「よし、このシェルターは父さんの大切な遺品だ。これを公表すれば……」 そこまで考えて、僕は慌てて首を振る。 「ダメだ。公表したら消される。これは誰にも教えられない。母さんだけでいいか。父さんの残した大切なシェルターだ。秘密にしなければ」 父さんは世間に公表し、殺された。同じ轍は踏まない。 「それにこのシェルターは小さすぎる。大人数が押し寄せてきても入れられない」 普段あれだけ僕たちをないがしろにした連中も、いざという時は手のひらを返すだろう。わかっている。 だから、絶対に教えられない。 「ただ、数人は入れるな。母さんの他に数人……とはいえ、口の堅い者でないといかん。いや、ギリギリのタイミングで伝え……非現実的か。ダメだな」 人間が多いのは利点がある。 滅亡後の世界においては、おそらく様々な仕事が必要になるだろう。特に力仕事の類だ。そういう時、仲間がいれば便利なのだ。 何もかも一人でやるには限度があるから。 「取り敢えず、まだ日はある。このシェルターに入れてもいい人間を選別しよう」 僕はくすりと笑う。 「ふふ、まるでノアの箱舟だな。いっそ箱舟とでも名付けるか」 誰
僕の父は、立派な人だった。世界の滅亡をいち早く察知し、大々的に世間に公表した。 勿論最初は妄想止まり。バカにされ、無視され、あるいは後ろ指を指されるくらいは父さんは勿論、僕だって想定していた。 「父さん……父さん……うう……」 だが、結果はまるで違うものだった。 父さんはネットで、リアルで、あるいはペンで、様々な媒体を通じて全世界に彗星衝突の危機を訴え続けてきた。 結局はフラットアースのようにバカにされ、陰謀論扱いされ、それを茶化す動画で溢れることになるが、それでも父さんは諦めなかった。 諦めなかった結果――父さんは死んだ。 「殺されたんだ。政府のやつらに……くそう……」 それは本当に突然だった。 川に腐乱死体。死因は溺死。警察の発表によると寄って川に転落して溺れ死んだと。 あり得ない。父さんは下戸で酒なんか飲める人ではなかった。 殺されたのだ。誰に? そんなの言うまでもない。 僕は唇を強く噛みしめながら父さんの遺品を整理する。主を失った書斎はがらんとして、どこか者悲しさを伝えていた。 と、机の奥に一枚のルーズリーフが隠されていることに気づく。それは本と本の隙間に挟まっていて、引き抜いてみた。単なる好奇心だ。 だが、これが僕の運命を変えることになる。 「これは……父さんの遺書……いや、こ、これは!」 そこには父さんの遺産が克明に記されていた。 「シェルターが! 父さん、いつの間にそんなものを!?」 そう、父さんは作っていた。シェルターを。人類を救うための箱船を。 「僕のために……僕のために、父さん! ありがとう!」 僕はルーズリーフを握りしめ、その場にくずおれる。 父さんの正しさを守るため、僕は嗚咽を鳴らす。 「これで来たるべき彗星衝突に備えろというわけだ。わかったよ父さん。僕は必ず生き残ってみせる!」 ルーズリーフにはシェルターの場所と構造が詳細に書かれている。 早速僕は赴くことにした。 「しかし場所がまさかの体育倉庫とは……父さん、僕の
その後俺たちは身支度をした。食料や医薬品、さらにはテントなども用意して。 登山家のようないでたちになる一同。少々オーバーな気もしたが、全員がそうするべきだと答えたので、素直に従った。 確かにこの世界は大荒れだ。用心に越したことはない。 箱船。一ヶ月くらいここで生活しただろうか。今思うとなんだかんだよかったのかもしれないな、あの生活も。 不思議なことに、懐かしささえこみ上げてくる。まるで中学の卒業式みたいだ。 いや、そんなことを考えても仕方ない。俺はゆっくりと首を振る。 さあ、出発だ―― ぐらり。 「ん、な、なんだ!?」面木が、 「天変地異!?」俺が、 「え? え?」いずみが、 「これは一体……」墓川が、 「きゃあ!」花香が、 「ん」由那が、 それぞれ声を漏らした。 それは、地震、だったと思う。 思うと答えたのは、揺れ方が普通の地震とは違ったからだ。縦揺れでも横揺れでもない。まるで真っ二つになるような、不思議な揺れ方をした。いや、揺れているというよりは、大地が切り裂かれた際に震えたというべきか。 その震度も常識外れであり、俺たちはとても立ってはいられない。 世界の終わりが近づいているということか。急がなければ。 揺れは意外なほどあっけなく収まった。 なら大丈夫だろう、俺たちは恐る恐る立ち上がる。うん、特に揺れてはいない。さっきの振動で建物がいくつか崩れたが、校庭にいたこともあって誰も怪我一つしていない。 なら大丈夫――と思った、その時! 「チイッ、ん、なんだありゃあっ!?」 真っ先に反応したのは面木だった。この男は本当に危機回避能力というか、反応が速い。 そして彼の視線の向こう側には――え、嘘? 「え? や、野生動物!? い、いたの!?」 いずみの驚愕。それもそのはず。そこにはなんと六匹もの野犬がいたのである。 グルルルと血に飢えた声を発し、血走った目で俺たちを射
それから後は早かった。俺たち五人が力を合わせて墓川を押し倒し、猟銃を取り上げたのだ。 形としては現在俺が墓川にマウントポジションを取ったようになっている。また猟銃も現在は俺が手にしている。中には最初から弾丸が装填されていた。つまり墓川は――本気で俺を殺す気だったのである。 でも、それももう終わりだ。 「はぁ……はぁ……墓川、俺たちの、勝ちだ」 「ぐ……く、くそう!」 俺に馬乗りにされ、そして周りには面木が、由那が、いずみが、そして花香がいる。 墓川に、為す術はない。 俺はそんな彼に向け、優しく諭す。 「リーダーは信任が必要だ。みんなから信頼されるからリーダーをやれる。だから逆に、みんなからの信頼を失ったら、引き下がらないとダメだ」 「……僕を、どうするつもりだ?」 「一緒にこの世界を出よう」 「…………」 「この世界は、この地球はもう終わりだ。月を失った地球で人類は生きていけない。人類ってのは、実はとても微妙なラインで生きている」 冷静に考えれば当たり前の話だ。 地球はそれなりにデカイけれど、生物はその地球の表面に、まるで米粒のように張りついているだけなのだ。地球がちょっと揺れたらその米粒はどうなる? 取れはしないけれど、無事でも済まない。 「だから月のある地球に、彗星メギドがやってこなかった地球に、これから向かうんだ」 月という母がいる世界。そして俺の母さんが、父さんがいる世界。 帰りたい。帰りたい。帰りたい! 万感を込めて、墓川にトドメの一言を。 「墓川、君のお父さんが遺してくれた箱船。とっても大切なものなんだろう。それは謝る。でも考えてくれよ、君のお父さんは何で箱船を与えたんだ? 生きるためだろ? 生きる道を遺すためだろ? なら、許してくれるはずだよ、墓川」 俺は可能な限り言葉を選んだ。 墓川はジャーナリストの父をとても尊敬している。墓川も将来はジャーナリストになりたいらしい。その割にはリーダーシップを取りたがるが、それは置いといて。 そんな彼の父を否定するようなことを言